top of page
健康で生きる力をつける講座
2019年9月7日

慢性疾患の予防と対策

聖路加国際病院 院長

福井 次矢 先生

Kunihiko Ishigaki 石垣邦彦

【石垣ROB医療研究所 理事長 石垣 邦彦 先生】

今年も聖路加国際病院院長の福井次矢先生に来ていただきました。

私と福井先生のお付き合いの始まりは、平成17年11月号の科学雑誌ニュートンです。その中で、記者が福井先生にこう尋ねました。

 

「この分子生物学が発達した世の中で、なぜ最も信頼性の高い根拠をランダム化比較試験におかなければいけないのか。」
 

それに対して福井先生はこう答えていらっしゃいました。


「1番目には、端的にいうと、全体像がわかっていないことに尽きます。」

 

非常に核心をついた話をされており、私はハッとさせられました。これは素晴らしいことです。

さらに福井先生は次のようなこともおっしゃっていました。
 

「2番目には、環境と人体の複雑さ故に、因果関係がわからないのです。3番目には、原因と結果の間にあることを全部ブラックボックスにして統計学的手法を用いる以外に選択肢がありません。」

 

それでは人間の全体像を捉えていこうではないかということで、私の臨床的な研究が始まりました。その結果、人間の上腹部の柔軟度ということに焦点をあてられるようになりまして、治療と予防に対応できるようになってきました。私の研究活動において福井先生は恩師になります。恩師である福井先生に、今日は現代医学的な病気の予防についてお話していただきます。それでは福井先生よろしくお願いします。
 

tsuguya fukui 福井次矢

【聖路加国際病院 院長 福井 次矢 先生】

本日は、我々ができるだけ病気をしないで人生を全うするためにはどうすればいいかをお話します。

スライド1.JPG

本日はこのような内容をお話します。1番についてはどこかで1度は聞かれたことがあるかもしれません。2番目のところでは、病気になる可能性を低くするためにはどうすればいいかということをお話します。

スライド2.JPG

私達はよく病気の話をしますが、病気があるかないかが人生の全てではありません。生活を楽しむことが出来て、自分の思い通りの活動ができることが大事です。この2番目と3番目がなくては、病気がなくても幸せといえるでしょうか。反対に、少々の病気があっても、2番目と3番目ができる人はたくさんいます。私達医師の視点も、病気だけというところから、徐々に1人1人の人生の意味というのは病気がないことだけではないという方向に移りつつあります。

スライド3.JPG

60歳以降に罹りやすい病気というのは、ご存知のように、心臓と脳、腎臓までの病気は血管の病気です。

 

4番目は癌です。我々日本人の死亡の原因として一番多いです。ここに挙げた癌はかなり治療できるようになってきました。

 

最近になって多くの医師が死亡診断書に書くようになったのが老衰です。老衰は高齢になって、自然の成り行きで体の色々な臓器の働きが悪くなって亡くなります。昔は、死亡診断書に老衰と書くのは恥とされていました。死亡の仕組みがわからないような医者はダメだとされていました。したがって、亡くなる寸前まで色々な検査をしていました。しかし、最近は戦ってもダメな病気に対しては、患者さんの苦痛を取ることを優先し、病気の仕組みを解明することは二の次であると考えるようになってきました。高齢になる人も増えてきましたので、色々な臓器の病気は治しても、本人は認知症がすすんでいる場合もあります。総合的に考えて、特に高齢の方で、段々と病気が進んで呼吸も心臓の働きも弱くなってくると、余分な検査はしなくなってきましたので、細かい原因についてはわかりませんが、わからなくてもいいという風潮に社会全体がなってきました。これはいいことだと思います。

 

次が、不慮の事故です。高齢者は転倒が圧倒的に多いです。病院でも転倒は非常に多くて大きな問題です。私の夢は転倒しないような病院の仕組み、転びたくても転べない病院設備を作ることですが、今のところなかなか難しいようです。

 

次が、肺炎です。高齢者の場合は誤嚥性肺炎が多いです。多くの人は寝ている間に、自分の唾液が、食道ではなく、気管の方に入って誤嚥性肺炎となります。最後は年齢に伴う神経や反射の問題です。

慢性閉塞性肺疾患は大部分がかつて喫煙していた方の病気です。

 

最後はうつ病です。マスコミで聞かれたことがあると思いますが、かつては自殺者が1万人ぐらいいたのですが、最近は色々な取り組みのおかげで減ってきています。

スライド4.JPG

最近は、寝たきりの期間が男性も女性も10年近くあります。これが問題です。健康で普通の生活を送ることができる期間を健康寿命といい、死ぬまでの期間を寿命といいます。この差が10年近くあり、この差をどうやって縮めるかが国全体の課題となっています。

スライド5.JPG

どうやって縮めるかといいますと、最大の原因がこの4つです。

脳卒中・心不全といいますと、血管の病気です。それから、認知症や骨折も入ってきます。大腿骨の骨折をしてしまいますと、ガクッと活動レベルが下がってしまいます。一旦寝たきりになってしまいますと、なかなか年齢と共に回復するのが難しくなってきます。4番目には、酸素を吸いながらの生活となりやすい慢性閉塞性肺疾患が入ってきます。

スライド6.JPG

健康寿命を長くするためには、2つの方法があります。そもそも病気にならないようにする健康増進で一次予防と呼ばれるものと、病気になったとしても早く病気を発見し、治したり悪化を防いだりする二次予防があります。健(検)診は二次予防に該当します。

こういった基礎知識を持っていただいて、次にどうやって予防していくかについてお話します。

スライド8.JPG

私が短期間勉強したアメリカの大学には、非常に有名な栄養学の先生がおられました。その先生はこういったレクチャーをされていました。取り方によってはけしからんと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これはびっくりさせて行動を変えさせようという目的なのです。
『早く未亡人になりたい人は旦那さんにこういったことをしなさい』という内容ですが、やるべきことはこれの裏返しです。
1番目が『夫を太らせなさい』です。25kg太らせたら、10年早く死ぬと言われています。
2番目が『酒をうんと飲ませなさい』です。しかもこのときにおいしいおつまみをたくさん出すことです。おつまみは大抵塩分が多くて、カロリーが高くて最悪なのです。
3番目が『夫をいつも座らせておきなさい』です。動かしたらダメなのです。散歩には行かせず、水泳やテニスをやりたがったら「いい年をしてやめなさい」と言うのです。
4番目が『霜降り肉のような飽和脂肪をたっぷり含んだ食事をいつも腹いっぱいあげなさい』です。毎日卵を2つ3つ食べると、コレステロールは天井知らずに上がります。
5番目が『塩分の多い食べ物に慣れさせなさい』です。塩分には本当に慣れます。最初は塩辛いと思っても、段々と慣れて普通に食べられるようになります。
6番目が『コーヒーをがぶがぶ飲ませて不眠症にさせなさい』です。
7番目が『タバコをすすめなさい』です。『タバコは未亡人志願者の最良の味方です』と書かれています。
8番目が『夜更かしをさせなさい』です。深夜番組をすすめたり、頻繁に客を招いてくたくたに疲れさせるといいのです。
9番目が『休暇をとって旅行に行かせてはなりません』です。
10番目が、最後の仕上げに旦那さんに始終文句を言っていじめなさいと言っています。

スライド9.JPG

裏返してやるべきことを列挙すると、このようになります。しかし、これだけ出すとつまらないですよね。この逆を言われるとハッとするんですけど、普通の医学的な話となるとこれだけつまらなくなるのです。コーヒーの制限については、最近色々なデータが出てきて、果たしてこれが正しいかどうかは断言できません。10番目が最近よく言われていることで、自分1人で誰とも話さない生活をしている人はやはり早死にするというデータが出てきています。人とのつながりや社会性のある生活パターンが必要です。この点に関しても、男の人は不利でして、女性は地域で色々な人とのコミュニケーションがありますが、男の人は職場以外の世界がありませんので、定年になると不利なのです。

スライド10.JPG

1つ1つについて短くお話すると、適切な体重になるためには、適切な食事量・カロリーにすることと運動量も大事です。睡眠時間も体重のコントロールにはある程度関わっています。毎日厳格にカロリーコントロールをする必要はなく、少しオーバーする日があれば、下回る日もあるくらいでいいのではないかと私は思っています。体重は血管系の病気の発症率と関わってきます。できるだけ適切な体重をキープするのが大事です。

スライド11.JPG

次は飲酒についてです。少量がどれくらいかと言いますと、ビールですと350mlを1~2缶、日本酒ですと2合ぐらいです。少量の飲酒であれば、飲まない人よりもいいと言われていたのですが、最近の研究ですと少量でも死亡率が上昇するというデータも出てきています。

スライド12.JPG

規則的な運動が健康にいいというのは、タバコが健康に悪いのと同じくらい、それを裏付けるデータがたくさん出ています。

スライド13.JPG

運動をしていますと、血糖値も下がりますし、血圧にとってもいい効果があります。血圧は一時的には上がりますが、その後は下がった状態が続きます。最近になって、筋肉からマイオカインといわれるいろいろな物質が出て、血液を介して体中に回って、それがいろいろなところに作用して、いい働きをすると言われています。例えば、運動をしながら英単語を覚えると覚えやすいとか言われています。

スライド14.JPG

運動直後やその後しばらく経ってからも、運動にはいい変化があります。非常に大きな働きがあるといわれています。

スライド15.JPG

便秘にもいいと言われていますし、筋肉を使いますので、転倒防止にもなります。うつ状態も予防できます。最近ではいろいろな癌になるリスクが低くなると言われています。運動中にケガをしなければいいことばかりなのです。

スライド16.JPG

しかし今までやっていなかった人が運動を始めるのはハードルが高いですよね。病気になる頻度を下げるために必要な運動は、週に3回、1回20~60分、会話をしながらできる運動と言われています。

スライド17.JPG

40代以上の今まで全く運動をしていなかった人が、これから運動を始めようという場合は、心臓病がないかどうかだけはチェックしてもらってください。全然症状がなくても、40代を超えると心臓を栄養する血管が狭くなっていることがあります。その場合は急に運動を始めますと、狭心症などを発症することがあります。
また、運動をやり始めると、ケガをする可能性が10人に1人くらいあると言われています。
あと、マラソンをやり始めて、1年半くらい経って、マラソンが走れるようになると、やみつきになる人がいます。こういう人は運動を毎日しないとイライラしたりするので、それもちょっと問題ではないかと言われています。

スライド18.JPG

動物性脂肪の摂取制限も体にいいと言われています。ここに挙げたような疾患を防ぐこともできます。また、肉を生産するために、多くの穀物が必要ですので、効率が悪いのではないかいう意見もあります。

スライド19.JPG

塩分の制限も重要です。高血圧だけでなく、心不全や胃癌の予防にも有効であると言われています。アメリカなどの冷蔵庫が早く発達して、塩を使った保存食があまり食べられなくなった地域では、早くから胃癌が減ったとも言われています。

スライド22.JPG

コーヒーは体にいいのか悪いのかについてはまだはっきりとした結論は出ていません。したがって、飲んで気分が悪くならなくて、睡眠に影響をしないのであれば飲んでもいいのではないかと思います。ただし、5~6杯も飲むのはよくないのではないかという意見もあります。

スライド23.JPG

タバコが世界中からなくなれば、翌年から全体の寿命が2年延びると言われています。血管に対する影響は、タバコを吸わなくなったらすぐになくなります。タバコを吸っている途中から血管が縮むのです。長期的にも、タバコを吸わなくなったら癌になるリスクも下がります。

スライド24.JPG

睡眠に対しても面白い研究がいろいろと出ています。試験まで夜中も眠らずにずっと勉強して試験に挑むよりも、勉強時間が減ってもしっかりと睡眠をとってから試験に挑んだ方が、いい結果になると言われています。寝ている間に脳の中が整理されて、脳の細胞が機能を高めるためと言われています。睡眠は脳の健康を高めるために重要であることがわかってきています。

スライド25.JPG

これは古い研究ですが、この7つの習慣を実践している人は、実践していない人よりも寿命が長いとされています。このときから睡眠時間は7~8時間がベストとされていて、それよりも長くても短くてもよくないとされていますが、果たしてそれは睡眠のせいなのか、それ以外の要因によるのかはまだわかりません。しかし、この数十年の間に、この健康習慣の一つ一つに対して科学的な証明がされてきています。

スライド26.JPG

また、ストレス解消・ストレスマネジメントも健康に重要です。

スライド27.JPG

社会に貢献している人は、死亡率が低くて、健康の度合いが高くて、感情面が安定していて、幸福感があり、自尊心・自己効力感があるとされています。社会への貢献というと時間あるいはお金を提供することになります。血液検査をしても、社会的なつながりがある人は、社会的なつながりがない人に比べて、体の中で起こる炎症の程度が低かったり、免疫の働きが強かったりしたという研究もあります。

スライド28.JPG

これは私が個人的に注目しているカナダの研究グループがした研究です。毎週、高血圧患者に40ドル渡してお金を使ってもらったところ、他人のためにお金を使ったグループの方が、自分のためにお金を使ったグループよりも血圧が下がったということです。他人のためにお金を使うのは、他人のために体を使うのと同じような効果があるという驚きの研究です。

スライド29.JPG

がんを防ぐためにはこのようなことが重要とされています。9番目に記載されているように、ウイルスや細菌感染が癌に関わっているというデータも出てきています。11番目の『身体の異常に気が付いたらすぐに受診を』というのも男女差があり、女性は異常があったらすぐに受診をするのですが、男性はなかなか受診しないという傾向があります。男性もぜひ体の異常に気付いたらすぐに受診してください。
ご清聴ありがとうございました。

Nobuaki Shikata 四方伸明

【前関西医科大学病理部教授 四方伸明先生】

私と福井先生とは縁がありまして、35~6年前に関西医大の教育セミナーで、ハーバードから帰ってこられた福井先生に来ていただいたことがあります。また、15年前からは専門医のための指導医教育講習を監修していただいています。福井先生という権威ある先生に監修していただかないと受講証明書が出せないということで、お世話になっています。今日の講演の中でも時間とお金を人のために使うという話がありましたが、福井先生も本日は暑い中来ていただき、講演をしていただいてありがとうございました。

【患者さんTさん】

ご講演ありがとうございました。睡眠と記憶のメカニズムについて質問をしたいと思います。明日試験を控えているとして、早寝早起きをして試験に挑んだ方がいいのか、ギリギリまで勉強して遅めに寝て同じ睡眠時間の場合は、どちらの方がいいのでしょうか。

【福井先生】

そういった研究は見たことがないのですが、私の感触でいいますと、もともとどういうライフスタイルでいたのかが影響すると思います。もともと8時に起きていた人が3時に起きると、サイクルに慣れていなくて、頭の働きがうまくいかないように思います。ただし、一般的に言いますと、少しだけ早く起きて勉強した方が記憶としてはいいのではないかと思います。

【患者さんKさん】

いつも石垣院長から死は自然に起こるものなので、そのための準備をするように指導していただいています。先生の今日のご講演では、老衰は病気のくくりに入っているように感じましたが、医師の中では老衰も病気と捉えられているのでしょうか?

【福井先生】

老衰は死因として挙げましたが、病気とは性質が異なるものと考えています。

【患者さんIさん】

なかなか不謹慎な質問かもしれませんが、お酒を飲んでよく寝られるのと、お酒を飲まずにあまり寝られないのとではどちらがいいのでしょうか?

【福井先生】

少量でもしばらくはいいのではないかと思います。大量の飲酒は明らかによくありません。日本酒でいうと3合以上はよくありません。飲酒は、寝入るところはいいのですが、その後睡眠が浅くなって、全体として睡眠の質が悪くなると言われています。したがって、少量の飲酒で寝入って、その後2~3時間で目が覚めて、また飲酒しなければならない状況でなければ、少量の飲酒はいいのではないかと思います。

bottom of page