健康で生きる力をつける講座
2019年7月13日
大往生
-人生を楽しめる家庭での死について-
石垣ROB医療研究所 理事長
石垣 邦彦 先生
【石垣ROB医療研究所 理事長 石垣 邦彦 先生】
昨年に引き続き、死の看取りについて考えていきたいと思います。
まず根本的に知っておいていただきたいのは、死というのは異常でも何でもないということです。
生まれ、成長し、子を育て、老化し、死にゆくことは、正常なことなのです。老化と死は、子孫にいのちを繋ぐことなのです。老化と死は、悩むことではないのです。
私達は、いのちをつなぐために生きぬき、死にゆきます。老化と死は逆にいうと、素晴らしいことなのです。個人にとっては難儀なこともありますが、種の存続という点でいうと、老化と死はいのちを繋ぐ大きな役割を持っています。
死にゆくことは、子孫に「いのち」をつなぐことなのです。
いろいろな人をみさせてもらっていますが、いのちをつなぐ役割をになうことがそれぞれの人の楽しみとなっています。決してお金がたくさんあることや社会的地位が高いことではなく、いのちをつなぐ役割を、年をとっても担っているかどうかが、その人の生きがいや生き生きとした生活を律しているように思います。これが公園の掃除をしても、小学校のお迎えのお世話役をしても、どんなことをしても、いのちを繋ぐ役割をしていたらその人の生き生きとした生活に繋がっています。
生まれてから生きて、成長し、子育てをし、老化し、死にゆくのに、どういうことをすれば根本的にこの波をうまく乗り越えることができるかというと、上腹部のやわらかさをつくることができれば流れはうまく運びます。
大抵、皆さん自宅で死ぬことを希望されていますが、それがうまくできないことが多いです。
その理由としては、送る側の場合、痛がったらどうしよう、急変したらどうしよう、誰にどう聞いたらいいのかわからない、24時間ケアする人がいない、といったことがあります。
逝く側の理由としては、家族に迷惑をかけたくない、痛い・つらいのではないか、不安であるといったことがあります。
ほとんどの方が、看取りを経験したことがなく、不安が大きいのです。したがって、人任せにしておこうということになるのです。
しかし、実際の本音はというと・・・
死に行く人の心・思いはというと、不安、さみしい、心残り、苦しみ・痛みへの恐れがあります。
また、最後の時間を一緒に過ごしたい、家族がいると心強い、安心して次の世界に逝きたい、という思いもあります。
普段からいろいろな話をしている家族でも、心底の話というのはなかなかできておらず、精神的なわだかまりや行き違いはどこの家族でもあります。自宅で死を看取る時間というのは、本音で話をする濃密な貴重な時間となります。行き違いや心残りがなくなり、寂しいという思いがなくなります。この経験は子ども達に伝承していくこともできます。
ROB治療をすると、末期がんの方でも痛みなく、最期のときまで苦しまずに過ごせます。
病院に行ったら何とかしてくれるのではないかという安易な考えをお持ちの方もいますが、病院に行っても、死を防ぐことはできません。死をなるべく防ごうと点滴をしたりすると、かえって苦しむこともあります。これはお医者さんや看護師さんが悪いのではありません。そういう仕組みになっているのです。
大往生したいなら、病院に行くなと提唱するお医者さんも増えてきました。中村仁一さんというのは、京都の老人施設のドクターです。何千人、何百人と死を看取った方です。新田國夫さんというのは、在宅医療を長年された方です。
この方々も言われているように、死の間際には病院に送らないということを認識しておいて下さい。
しかし、一般の方は不安です。以前おられた患者さんでも、「先生、死の看取りをお願いします。」とおっしゃった方がおられました。私は、お嫁さんも連れてきて、一緒に話を聞くように言いました。「わかりました」ということだったのですが、調子が悪くなった時に、お嫁さんが不安に駆られて、ついつい119番を押してしまいました。救急車が来て、病院に搬送されました。本人の意識はなく、胸骨圧迫がされましたが、胸骨圧迫で肋骨がポキポキと折れ、本人の顔は苦痛でゆがんでいるように見えたということです。後になって、「先生すみませんでした。あれだけ約束していたのに、気が動転して、ついつい119番を押してしまいました」とおっしゃっていました。死の間際に病院に送らないということは、本人だけでなく、まわりの人にも深く認識しておいてもらわなければいけません。死の間際に病院に行っても、本人も家族もかえって苦しむだけです。
では、小谷さんの体験談にいきたいと思います。小谷静さんが亡くなられて1年程経ちましたが、看取りをされた当時のことを振り返っていただきながら撮影したビデオをご覧下さい。
ご覧いただいたように、家での死の看取りは貴重な時間であり、非常にありがたいものです。当院では、どういう病気か、どの程度の状態か、どういう治療法があり、その治療法を受けるとどの程度の確率でどうなっていくかということを明確に分析して、計画を立てていきます。医学には限度があります。何でもかんでも治るわけではありません。
ROB治療で「上腹部の柔軟度」がやわらかい状態になると、呼吸が深くなりますし、循環が良くなりますし、心が整います。内臓全般の動きも活発になりますから、生き方が身につきます。病気の予防もできます。自然の治癒力を十二分に発揮しますので、的確な副作用のない治療ができます。介護が必要な人には自然なケアができます。自然な死への流れができます。苦痛のない穏やかな死が実現できます。人生を全うしながら楽しむことができます。
ROB治療で末期がんの患者さんも、痛みなく、苦しまず、満足して、心残りなく亡くなることができます。家で看取る経験は、子に、孫に伝わります。お年寄りがやらなければならない役割です。その結果、小谷さんのところでも、亡くなる前の日にみんなでピザパーティーをされました。うれしかった、楽しかったということになったのです。寂しいけど辛くはないということになったのです。
小谷さんの場合は家族がいましたが、ひとり身のケースもあります。
次に紹介する稲田さんの場合も身寄りがありませんでしたので、3Fで2週間看させていただきました。東大阪市立総合病院から紹介された方です。腸閉塞を7回され、最後は手術をされましたが、原因がはっきりしませんでした。心筋梗塞でステントも入っていました。内臓調整をさせていただくと、ご飯も食べられるようになりまして、腸閉塞も起こさなくなりました。全ての薬を段階的に止めることができました。英会話のレッスンに行ったり、80歳でパソコンの教室に行ったりされました。しかし老衰で、老化と死というものが訪れるものです。最初は東大阪から車で通っておられたのですが、それが段々と難しくなってきまして、近くのマンションを紹介しまして、そこから通院するようにさせてもらいました。そのうち通院も難しくなってきまして、往診してあげたりしましたが、最終的には付きっきりで看てあげないといけなくなり、ここの3Fで2週間看させていただき、お迎えのバスに乗られました。
亡くなられる前日まで、子どもたちと英会話をされました。元気が出ましたと喜んでおられました。子どもたちにとってもよい経験となりました。その体験ができる、死の看取りができる、次のバトンタッチができるという素晴らしい出来事でした。
この方は全く身寄りがなかったので、お葬式やご親戚の方への連絡を含めて、全般的にお世話させていただきました。
日本では既に43万人の人口が減少していると言われています。高齢化による多死社会で、年間約130万人が死亡しています。2017年で出生数は95万人で、これはさらに少なくなっているでしょう。2039年頃には死亡者が167万人に達します。満足のいく死というのが、お迎えのバスに乗る方にとっても、送り出す方にとっても大事になっていきます。
悔いのない最期を迎えるための予行演習をしていきましょう。悔いのない最期を迎えるためのアンケートを記入して提出してください。
老化と死は正常な出来事です。ROB治療で痛みなく苦しまずあの世に行くことができます。基本的なことをわきまえていただいた上で、いろいろな相談に乗らせていただきます。