健康で生きる力をつける講座
2019年11月2日
インフルエンザ対策
DIPEx JAPAN 理事長
別府 宏圀 先生

【石垣ROB医療研究所 理事長 石垣 邦彦 先生】
今回は、DIPEx JAPANの別府宏圀先生にお越しいただきました。
薬について何十年と頑張って来られた方です。非常に素晴らしい方で、色々な薬害で国と戦ってこられています。しかし、一般の方は薬害についてほとんどわかりません。インフルエンザについても、予防接種やその他のお薬があるのですが、非常に疑問な点があります。当院で内臓調整を受けている方は別ですが、一般の方はなかなかそんなことまでわかりません。そういうことを含めて、別府先生はもう何十年と戦ってこられました。やはり、大勢の方の意識を変えることは非常に難しいです。しかしながら、やらなければならないということで、今年もお越しいただきました
先程も、別府先生とお話をさせていただいたのですが、人間という生き物のよくできた体の仕組みを意図的に変えることはできないのではないでしょうか。それほど人間の体の仕組みはよくできています。別府先生が先ほどおっしゃったのは、体の仕組みを邪魔しないようなことをすべきだということです。みなさんの一般的な医療に対する認識と違います。しかし私がいつも述べていますように、今は結果としての病気を部分的に診る医療ですが、これからは体の仕組みがスムーズに働く状態を医療に適応すべきです。医療という狭い範囲ではなしに、生活全般にそういう認識を持つべきです。たまご保育園誕生のいきさつもそういうところからきています。
たまご保育園では、体の仕組みがスムーズに働く状態を、保育を通して身につけてもらいます。50代・60代になったら、慢性疾患の予防が自ずからできているということなのです。そういうことを踏まえて、園児だけではなしに保護者にも家庭にもそれが伝わり、保護者も元気になり、その波が日本国中に伝われば、非常に素晴らしい日本になるのではないかと、こういうことなのです。そういうことも含めて、9月8日に河内音頭祭りで浴衣も着て、浴衣も着せ、園児も保護者も保育士の先生も、あの37℃の暑い中、がんばって踊りました。すごいことですよね。そういうふうに、行事を通して、正しいことを身に付けていこう、忍耐力を身に付けていこう、人間としての能力をつくっていこう、それがいい日本の社会をつくり、世界に伝搬していくように持っていこうという思いでやらせていただいております。
今日は、インフルエンザについて、本質的なところをお話ししていただきます。よく身に付けて、実践していってください。それでは別府先生よろしくお願いします。

【DIPEx JAPAN 理事長 別府 宏圀 先生】
よろしくお願いします。私は、毎年ここでお話をさせていただいていますが、今お話にあったようなたいした人間ではございません。しょっちゅう迷ったり、困ったりします。でも、それが実は一番大切なことだと思います。要するに、科学では、エビデンス・証拠があるかないかとよく今いいますが、それほど我々は完ぺきな知識を持っていません。随分進歩したみたいだけど、昔に比べてどれぐらい分かってきたかというと、ほんの少し増えたぐらいです。それをあたかも確定したかのように考え、それと違ったことを言ったり考えたりすると、すぐいろいろ非難されたり、これは間違っている、これは大失投だ、と議論します。議論するのはいいけれども、自分が全能ではないと思うことが一番大事です。
自分は何も知らないと専門家こそがいつも思うべきだと思うのですが、今は逆になってしまっています。ガイドラインとかエビデンスとか、こういうものがなければ医療はできないと思っていますが、実は一番自分のことを知っていて、自分のお子さんのことを知っているのは、実際に育てて脇で見ていらっしゃる皆さんですから、そういった時の感覚はとても大事だと思います。そういった人たちの感覚で何かおかしいと思ったら、ひょっとしたらおかしいかもしれないのです。それをストレートに言える世の中にしてほしいです。こうしたら間違いだとかいうふうに、言い募るばかりではなくて、みんなで一緒にやっているうちに何かしら答は出てきます。もちろん人間の命とか病気とか人間がコントロールできないものはたくさんあります。その中で、自分にとって一番いいものを選べるように、試行錯誤を本当にやってみて、間違って、じゃあこっちだって軌道修正できる、そういう生き方が私は一番正しいと思っております。

インフルエンザもまさにその通りなのです。
インフルエンザということで、よくものの本や国の研究所である国立感染症研究所のホームページにはこう書いてあります。
インフルエンザとは、まずインフルエンザウィルスを病原とする気道感染症だが、一般の風邪症候群とは分けて考えるべき、重くなりやすい疾患です。また、インフルエンザの語源は、流行が周期的に現れてくるところから、16世紀のイタリアの占星家たちはこれを星や寒気の影響によるものと考え、影響するというインフルエンスという言葉から出てきたわけです。そして、最後に書いてある通り、インフルエンザはいまだ人類に残されている最大級の疫病であると。
なんかおおげさですよね。インフルエンザは昔からありました。私どもはインフルエンザを生き抜いてきました。そこらへんにある病気なのです。それが急に、すごくおっかない病気であるようなことを、国も専門家も言い始めました。本当にそうなのでしょうか。

『インフルエンザは風邪じゃない』というこのキャッチコピーはすごいと思いませんか。これをテレビでもさかんにいいますが、キャッチコピーとしては秀逸です。これはもう皆さんの気持ちをとらえたはずなのです。つまり、ただの風邪と思っちゃいけないと思わせます。インフルエンザは怖い病気だということを言うためにこう言ったのです。
これはつい最近の雑誌からとりましたが、考えてみますと、小児がインフルエンザによって入院するのは1000人に1人です。つまり入院まで至るのが1000人に1人だからそんなにすごい病気だとは思いませんよね。それからインフルエンザで外来に来る人は、もちろん季節や流行等によりますが、その10倍から250倍です。ということは、1000人に1人の250倍だから4人に1人ぐらいは外来にくることも、盛んな時にはあるわけです。もちろんそんなにインフルエンザが流行っていない時にはそれよりも少ないです。インフルエンザは4人に1人ぐらいがかかるような病気なのです。
中には、インフルエンザと思っておらず、ただの風邪だと思っている人もいます。実際にインフルエンザのウィルスを検査してみると、ずいぶん軽いのもたくさんいるわけです。だからそんなにすごい病気だという言い方がおかしいのです。風邪じゃないと言うけれど、これは今まで我々が思っていた風邪じゃないでしょうか。その感覚の方が大事だと思います。やたらと怖がらせることだけが能じゃないのです。皆さんも長年生きてきて、インフルエンザを乗り越えてきたわけですけれども、そんなにすごい目にあったとは思わないですよね。もちろん、もう一つ我々がよく覚えている言葉として、風邪は万病の元と言いますので、いろんな場面によっては本当に命に関わることにもなるわけです。

そういう前提はありますが、私が言いたいのは、インフルエンザは誰もがかかりうる極めて一般的な病気です。しかし非常にまれには重症化して、場合によっては命に関わる場合もあるので、ごく当たり前の病気だからといって、気を許さないことです。インフルエンザウィルスとはどんな相手なのかを知っておくことのほうが大事です。
今からちょうど100年前です。スペイン風邪って皆さんよく聞くと思いますが、あれは本当にすごい大流行でした。世界中で流行しましたので、日本の人口が今1億人いるとすると、その約半分、5000万人ぐらいがスペイン風邪で死にました。その時は、皆さん本当に大変な目にあいました。そういう世界中を襲うような、すごい感染症になることもあり得ます。しかし、それがそんなしょっちゅう起こるわけではなく、100年前にそれがあって、そういうことはそれ以降起こっていません。それ以降、色々な知識も増えたし、対策も増えてきたので、そんなことになることはまずないと思います。しかし、頭の片隅にはそういう非常に流行る病気になる危険性もあるのだと覚えておいてください。

インフルエンザが分かりにくいのは、名前が原因の一つだと思います。季節性インフルエンザや新型インフルエンザ、パンデミックといろんな呼び方をします。そして、それ以外に、鳥インフルエンザや豚インフルエンザ、馬インフルエンザなんていうのもあります。
また一方では、インフルエンザではありませんが、SARSもあります。それからよく聞くヘモフィルスインフルエンザというウィルスではなくてバイ菌もあります。Hibワクチンのインフルエンザ桿菌B型というのもあります。こういうものは、実はインフルエンザとは違うのです。だけど、インフルエンザという名前が出てくるから、どれが本物のインフルエンザかわからなくなるのです。
一般的に言えば、左側がインフルエンザです。それは動物にもうつるというよりは、むしろ、鳥インフルエンザが一番初めです。鳥が運んでいたインフルエンザが、人間がよく接触する鳥類にも感染して、人間も罹患するようになると言われています。
インフルエンザウィルスの一番の特徴は、変異しやすいということです。要するに、顔つきが変わってきます。ただし、変わるといっても、毎年変わるのはほんのわずかな部分だけです。だから今年のインフルエンザワクチンの型は合ったとか合わなかったとかいう話があるのです。WHOとかいろいろなところが調べて、今年はこれだろうと思って作ります。それが当たることもあれば当たらないこともあります。そういうことを考えたら、ワクチンを打ったから安全ということは絶対にありえません。確率は少し減らすかもしれません。そのぐらいのことだと思っていただけばいいと思います。
もちろん、途中でウィルスが大きく様変わりすることもあります。そうすると、抗体ができていませんので、鳥に流行って、それが人にきます。しかし、鳥から人に例え1回うつったとしても、それはすぐ人から人へ伝染するウィルスに変わるわけではありません。したがって、鳥インフルエンザという話が出た途端に、それが大流行すると思うのは思い違いであるし、そういうことで恐怖を煽るのはおかしいと思うのですが、ともかくそういう大きな変化をすることも万に一つはあると知っておいてください。それは例えば、スペイン風邪のようなことだろうと思います。
ただし今まで100年こうやってきて、あの規模のものは繰り返していないのです。我々も少しは賢くなっているし、いろんな知恵を持っているわけです。そんなに人を怖がらせて、なんの得があるのかと思います。逆に言うと、どうしてそういうふうに怖がらせているかというと、怖がらせておかないと、逆に人々がワクチンのことを怖がって打たなくなると、政府もそういうメーカーも思いこんでいるわけです。ワクチンはみんなが打つものだという思いを植え付けるべく、恐怖感を煽っているのです。
ところで、ワクチンはインフルエンザだけではありません。今はすごいことになっています。皆さんもよくご存知でしょうが、私たちが親世代だった頃、子どもにはそんなにたくさんのワクチンを打ちませんでした。今はすごい種類のワクチンを打たせています。ワンショットで何種類か一緒に打つことだってします。そういうワクチンが本当に全部必要なのかと疑問に思います。やり過ぎじゃないかと思うのは普通じゃないでしょうか。普通のお医者さんだったら、このうちどれが本当に必要なのかときっと思います。その感覚が実は正しいと思うのです。
もう今は名前が変わりましたが、『大きい小さい』という小児科の先生方が作った雑誌が昔ありました。一般の読者向けの雑誌でした。私はその頃親世代でしたから、自分の子どもにどのワクチンを打とうかといろいろ考えました。そういう時に、その『大きい小さい』という雑誌はすごく参考になって、このワクチンは打とうというふうにやった記憶がございます。
今はそれよりさらにたくさんのワクチンが強いられています。B型肝炎ワクチンは打つ必要があるのかないのか、そういうことをいろいろと考えるべきだと思うのです。現場の医師や薬剤師あるいは看護師さんは、親のそういう不安をきちんと聞きながら、これはほどほどでいいのではないかとか、これはやる必要がないのではないかとか、そういう感覚もみんなで議論しながら決めていくことが必要ではないかと思います。
ところが、ワクチン産業というのは、今一つの大きな産業になっています。大勢の人に売っているわけですから、これほどおいしい商売はないわけです。黙っていても売ってくれるのです。そういう利益が上がってくればくるほど、これが中止になったり下火になったりしたら大変だと思う人たちがいます。お金のこと、儲けのこと、そこが必ず入り込んでくるのが、こういう世界の問題です。
本来、私たちが気を付けなければいけないのは、これが本当に子どもたちや皆さんのために役に立っているのかということです。それをいつも疑いながら見るということが必要だと思います。
私が今、一番頭を悩ませているのは、子宮頸がんワクチンです。これは本当にひどいワクチンだと私は思いました。あれでどれぐらいの人を助けたのか、あれでどれぐらいひどい目にあった人がいるか、それこそ比べたら、そんなにみんなにあのワクチンを打とうといわせるほどのワクチンだったのかということです。何も知らない中学生の健康な女の子が、あれを打ったおかげで寝たきりになったり、認知症になったりしています。それは、1万人に1人とかごくわずかだと言うかもしれません。しかし、なった人にとってみれば、生まれてきた意味を全く奪われてしまうわけです。誰がそういう目に合うか、実は専門家すら分かりません。実は、選別方法はまだよく分かっていません。それが一番大きいと思います。ともかく、ワクチンといってみんな安心してはいけません。ワクチンほど慎重にかからなければいけません。
私は反ワクチン派の医者ではありません。例えば、麻疹のワクチンは確かに必要だと思います。風疹ワクチンも今抵抗がない人たちがいたとしたら、奇形児を生まないために、男性はこぞってちゃんと打つべきだと思います。
そういう状況と全部ごっちゃにしないでほしいわけです。ワクチンと言えば全て正義の味方であるように思わないでほしいのです。みんなで一緒に考える必要があるのです。
実は、ワクチンって考えてみれば昔は種痘です。その威力は確かでした。だから、ああいう感染症が大変な時には、ワクチンというのはその時代の医学の最先端であったわけです。だけど、それがだんだんいつの間にかワクチンという名前のもとに、みんなが打たなきゃいけない風潮になってきたわけです。私の子は打ちたくないというと、なんかのけ者にされ、おかみの言うことを聞かないなんて思わせるのはおかしいと思いませんか。アメリカなんて、打っていないと学校に入れないという集団もあるわけです。それはもう法律的に禁じるというよりも、もっと厳しい感じで迫るわけです。こんな強制的なことが、本当にワクチンで許されるのでしょうか。そういう意味で、ワクチンはもう1回我々一般の人間の世界に議論を取り返すべきだと思います。いわゆる専門家集団が、審議会という場で議論して、これは有効だとかこれはどうだこうだっていう議論をする前に、もう一度我々がワクチンって一体何だろうと考えることを今迫られていると思うのです。
はっきり言って、医療というのは、そんな専門家集団だけが議論する内容ではないと思います。ひどい目に合うのは我々自身だし、我々自身が色々なことを知っているわけです。専門家の人も一緒に、同じレベルで議論しながらやるならいいです。だけど、偉そうな顔をして、これは絶対に打たなければいけないというのはやめておくべきだと思います。

