健康で生きる力をつける講座
2020年7月11日
がん最前線
大阪国際がんセンター総長
松浦 成昭 先生
【石垣ROB医療研究所 理事長 石垣 邦彦 先生】
今日は、松浦総長に来ていただきました。本当にありがとうございます。現代のがんの最新治療と予防ということについて、一般の方に非常に分かりやすくお話をしていただきます。それでは先生、よろしくお願いします。
【大阪国際がんセンター総長 松浦 成昭 先生】
ただ今ご紹介いただきました、大阪国際がんセンターの松浦でございます。どうも過分なご紹介を石垣先生、ありがとうございます。
今日は、がんの医療で、がんってどんなものか、がんの医療をどういうふうにやっているか、がんとはどんな病気か、なぜがんができるのか、なぜがんで死ぬのか、医療における現状を新しいところも含めて、1時間ほど、ちょっとお話させていただきたいと思います。
まずがんとはどんな病気かです。がんというのは、塊ができる病気なのです。この塊のもとは細胞です。細胞という名前は聞かれたことがございますよね。目には見えません。20ミクロンぐらいの大きさです。がんは、細胞が自分勝手にどんどん増えて、塊をつくる病気です。
塊を作る病気を腫瘍といっているのですが、これもなかなか難しい言葉です。腫瘍には良性と悪性があって、悪性の腫瘍のことをがんといっています。したがって、良性の腫瘍は死ぬほどではないということです。悪性腫瘍は増え方が早くて、塊をつくるんですけれども、性格としては、それが他にどんどん広がっていきます。浸潤と私達は言っているのですが、侵入と言ったほうが、一般の人はなじみがあるかもしれません。また転移というと、離れたところに広がっていきます。この二つが特に厄介で、最終的にあちこちへ広がって、命を奪うような病気です。
ここで、言葉の問題に少しだけ触れます。がんというのは、ひらがなとカタカナと漢字があるのですが、昔はよくひらがなを使っていました。実は今、ひらがなをできるだけ使うようにして、カタカナは使わないようになっています。というのは、ひらがなとカタカナを見ていただくと、カタカナは角ばっていて、きつく感じるんですね。がんってやっぱり命を奪われる病気なので、イメージが悪いのです。患者会の方が、こんな希望のない言葉を使ってほしくないということで、カタカナは今、あまり使わなくなりました。ひらがなというのは、曲線があって柔らかいですね。だからひらがなを使うようにしています。
ただ、がんというのは、悪性腫瘍のことで、漢字も使います。がんは、癌腫と肉腫と、大きく二つに分けます。上皮と書いてありますが、私たちの内臓では一番上に皮が張っています。上の皮と書きますが、張っている皮の所から出てくるものを癌腫といっています。これは漢字で書いています。胃にできた癌腫、乳腺にできた癌腫というのがあるわけですが、長いので、『腫』を取って、胃癌といます。したがって、漢字で書いたときは、がん全体の中で、上皮由来のものであるのが、私たちのルールなのです。
ただ最近、この癌という漢字も怖そうで、難しいので、イメージがいいひらがなを使います。イメージがもともと悪い病気でしたので、できるだけそういう配慮をするようにということです。
がんの原因は、実は遺伝子の異常です。
がん細胞を擦りつぶして、その遺伝子を取り出して、正常な細胞に一つずつ遺伝子を入れていったのです。そしたらがんを起こす遺伝子が見つかったのです。それをがん遺伝子と呼んでいます。がんはどうも遺伝子が起こす病気みたいだということが、30~40年ぐらい前に分かりました。
このがんができる遺伝子をよく見たら、正常細胞にもそっくりな遺伝子があったのです。それで神様が、わざわざがんをつくる遺伝子をつくったのではなくて、もともと正常にある遺伝子が何かの作用で悪くなって、こうなったのではないかと考えたわけです。
がん細胞は自分勝手に増えると申しましたけれども、正常細胞でも周りの細胞と協力して、ゆっくり増えるための遺伝子を持っているわけです。ところがたばことか、食事の不摂生、ウイルス、放射線、一部の遺伝とかも関わりますが、遺伝子に何か異常が起こると、それでがんができます。もともと正常な細胞には、周りの細胞と協調しながらゆっくりと増えるための遺伝子があるのですが、その一部がいろいろな原因で変化して、自分勝手に増え続ける遺伝子になってしまうわけです。
多くのがんは、1個ぐらいの異常だったら大丈夫なのですが、複数の遺伝子異常を蓄積すると、がんができると思ってください。ほとんどのがんは、年齢が高い人に起こる病気なので、これはやっぱり長年のいろいろな不摂生が重なって、こうなるのではないかというふうに考えられています。
それで、がんの遺伝子異常を起こす原因というのは、環境因子であるたばこが一番よくないといわれています。大体、がんを起こす20~25%くらいは、たばこが原因だといわれています。食事は、塩分の取り過ぎだとか、脂っこい物を取り過ぎだとか、いろいろな食事の不摂生で起こす割合は30~40%ぐらいといわれています。アルコールもあんまりよくありません。それからウイルスもがんの原因となります。放射線も浴びると、遺伝子に異常を起こします。そういうような、いろいろなものが積り重なって、がんを起こすということが分かってきました。
がんができて、それを放っておくとどうなるかといいますと、さっきみたいにどんどんそこで大きくなるわけです。どんどん大きくなって塊になって、周りに侵入していきます。
これは胃の漫画です。胃にできたがんが大きくなって、場所によっては食べ物が通らなくなったりしますが、まだ胃だけにある段階だったら、これで胃の病気ということで、何とかなるのですが、さらに転移というふうに、肺へ行ったり、肝臓へ行ったり、骨へ行ったり、あっちこっちへこれが広がると、いろんな症状を起こして、やがて全身に影響して、やせて衰弱して命が奪われます。
こういうふうに命が奪われる病気ですので、がんを見つけたら、基本的にそのがんを手術で取ります。あるいは放射線でがんをやっつけてしまう、というのをやるわけです。この段階で、例えばこの範囲を手術で取って、がんを全部取ったということで、よかったねということなんですけど、ただ5年ぐらい様子を見ないと、「治りました」ということが、なかなか言って差し上げられないんです。というのは、5年以内に一部の方は再発して、どこに再発するかというと、多くはなかったはずの場所に、転移という形で再発していますので、転移で再発すると、なかなか治療が難しいので、もう一回治療する方もおりますが、多くの方はそれでお亡くなりになるということになります。だから5年ぐらいみないと、治ったということを申し上げることができません。
それでは次に、日本におけるがんの現状についてお話します。これは毎年厚生労働省が出している、日本人がどの病気で死んでいるかという推移です。1950年から2018年までのデータです。
横軸が年度で、縦軸が人口10万人当たり、何人ぐらい死んでいるかをグラフにしたものです。2018年の段階で、一番日本人の死因で多いのががんですね。人口10万人当たり三百数十人なわけです。2番目が心臓の病気です。3番目の病気は、ちょっとここには老衰がないんですけど、老衰と脳血管疾患と肺炎と、この三つが大体3、4、5と同じぐらいになってきます。こういう順番になっていて、がんが一番多いわけですね。1981年からずっとがんが日本の死亡率のトップで、この傾きを見ると、どんどん増えていくというのが分かると思います。ちなみに私が生まれたのは1952年ですが、この頃は結核が1位でした。結核はずっと減ってきています。がんの患者さんは増加の一途をたどっています。毎年100万人くらいが新しくがんにかかって、40万人ぐらいは亡くなっていると考えられています。一生涯で、日本人の2人に1人が自分の一生のうちにがんに罹患するぐらいです。4人~6人に1人はがんで死亡すると推定されています。
どんながんで死亡しているか、女性と男性に分けていますが、現時点で、女性の1位は、大腸がんです。2番目が肺がんで、3番目には最近膵がんが上がってきました。男性は1位が肺がん、2位が胃がん、3位が大腸がんです。このグラフで見ると、大体右肩上がりに増えているなという感じですが、その中で胃がんというのは減っています。肝臓がんも最近ちょっと減ってきて、全部が増えている中で、ちょっとこういう減っているのもあることがわかります。
では、がんにかかった方の数というのはどうかというと、ちょっとさっきと違います。女性は乳がんが一番多いです。その次は、大腸がん、胃がんです。こういうふうにかかる人の数と、死ぬ人の数は、ちょっと違います。
男性は、2017年から前立腺がんが1位になりました。その次は、胃がん、大腸がんです。亡くなる方の数と、かかる方の数がまた違うということと、それからよく見てみると、胃がんと子宮がんは、亡くなる人は減ってきていますが、かかる人はちょっと増えています。これは一言で言ったら、医療が進化したわけです。早期発見・早期治療が進んでいるから、こういうことが起こります。
肝臓がんは、実はかかる人の数も、亡くなる人の数も減っています。肝臓がんというのは、ウイルスで起こるのが大部分ですので、慢性肝炎や肝硬変の段階で、ウイルスを退治して、がんにならないようにするのが今、盛んになってきたので、こういうことが起こっています。
あとのがんは、残念ながら、どんどん増えています。本当は、かからないようにしたら一番いいですが、かからないのが難しかったら、早く見つけることです。これが大事ですが、なかなかそこがまだ難しいです。ただ医療は進歩していますので、数としては増えていますが、着実に治療成績は上がっています。
治療成績というのを示すと、がんというのは、うまくいかないと、必ずお亡くなりになる病気です。
したがって、生きている方の人数を数えたら、どれぐらい良くなっているか分かります。5年間治療して、生きている方の数を5年生存率といっております。5年生存率は、5年たたないと分かりませんね。実際はやっぱり10年ぐらいしないと分からないので、これは10年前のデータですけど、全部足し算して、がん全体で5年生存率を出すと、62パーセントです。この縦軸がそうですね。
昔は不治の病といわれていて、ほとんど亡くなった時代もありますので、62パーセントといったら、まあまあの数字だと思います。10年前が62パーセントですので、今の数字は10年後に出ますけど、多分今は7割ぐらいが治っています。でも裏返すと、3割が駄目ってことになりますので、まだまだ厳しい病気ではあります。
5年生存率がすごくいいがんは、甲状腺とか、皮膚、前立腺、乳腺は9割を超えています。一方で、膵臓がんは1割も治っていません。ですので、がんによって、全然違うということが言えるかと思います。
がんにかかったら、どういうふうに見つけて、治療しているかをお話しします。
病院にがんで来られる方は、症状で、お腹が痛いとか、どこかにできものができたとか、そういうことで来ます。最近は何も症状がなくても、検診で見つかって、病院に来る方も多いです。
病院に行ったら、いろんな検査をして、本当にがんなのか、がんとしたら、どれぐらいの時期なのかを診断します。血液検査は、残念ながら、がんを見つけるのにはそれほど優れてなくて、主には画像検査、病理検査を行います。
がんを見つけたら、放っておけませんので、治療をします。手術と放射線と薬との三本柱です。治療が終わっても、がんの場合は何年か経過を見ないといけません。一応5年みて、OKだったら「治りましたよ」と言えます。
ただ一部の方は再発します。再発したら、もう一度治療しないといけません。その中でお亡くなりになる方もあります。
次に、診断とか治療の最近の進歩を示したいと思います。
先ほど言いましたが、がんは塊ですので、レントゲンでがんの塊が影として分かることがあります。X線を使って、画像をコンピューター処理したのがCTといいますが、がんの塊が影として分かります。MRIでも、核磁気共鳴の度合いが違う場所が映って、ここに何か塊があるなというのが分かります。
薬を打って、その薬が広がる場所を捉えるやり方もあります。骨シンチあるいはPETといいます。取り込んだ所が映って、何か体の中に塊があるなと捉えることができます。
しかし、塊があるから、全部がんというわけにもいきませんので、画像で異常を見つけて、今度は顕微鏡検査をしないといけません。それは病理検査です。
例えば、乳がんに注射針を刺して、注射針を引くと、ちょっとわずかに液が出てきます。これを染色して顕微鏡で見ると、こういうふうに細胞が見えます。これは、病理の専門家が見ると、がんになるということが分かりますので、がんと確定します。
このように、画像で怪しい所をまず見つけてきて、病理で確かめるというのが、がんを見つける方法になっています。
がんを見つけることと、がんがどれぐらい進んでいるかというのが、非常に大事です。なぜなら、初期のがんか、かなり進んでいるかで、全然治療方法も変わりますし、結果がどうなるかが全く違います。
これを病期・ステージと呼んでいます。ローマ数字で、ⅠからⅣまで、初期をⅠ期、末期をⅣ期と分類しています。がんの大きさと、リンパ節へどれぐらい広がっているか、それから転移があるかどうかの3つで、初期か、中期か、末期か、というふうに決めています。
初期だったら、大体手術か放射線で治る人は治ります。中期だったら、手術に薬を加える、あるいは放射線に薬を加える、あるいは3つともやる場合もあります。それで治る人もあれば、治らない人もあります。末期はなかなか治らないので、薬だけで延命します。
一応このように、病期によって治療方針は変わります。
これは、病期によって5年生存率がどれくらい違うかを示しています。
胃がんだったら、ステージⅠは約97%が治ります。ステージⅡは約70%です。ステージⅢは約40%で、ステージⅣだったら約10%です。このように、病期によって5年生存率は全然違います。
この20年ぐらい見ると、Ⅰはもともと良くて、Ⅱ、Ⅲは上がってきたのですが、Ⅳがなかなか上がってきません。
どれくらいの時期にあるかで、全然違いますので、やっぱり少しでも早かったら助かる可能性が高いです。
今、画像検査もすごく進歩しています。
これはCTとPETを組み合わせた画像です。CTはさっきお見せした、白黒の画像で、今はコンピューター処理で大腸をこのように露出できます。PETはグルコースを注射して、グルコースをたくさん取り込んだ所を緑色で、少し取り込んだ所を赤く表示しています。
この2つの画像を組み合わせると、大腸の中に、緑色で表示された塊が見えます。ブドウ糖をいっぱい取り込む塊といったら、やっぱりがんです。そのすぐ近く、大腸の外に、赤い塊があります。ブドウ糖を少し取り込んだ、リンパ節です。これらのことから、大腸がんがここにあって、1個のリンパ節に転移しているということがわかります。
内視鏡も広い意味では、画像検査の一つです。
左の写真で、少し赤いところがあるのですが、よく分かりませんね。実はそこにがんがあります。波長を変えてみると、右の写真のように、少し赤い部分が茶色く見えて、わかりやすくなります。こういう形で、誰が見ても分かるように、少しずつ進歩してきています。
がんということが確定したら、今度は治さないといけません。さっき言ったとおり、手術、放射線、薬、これが三本柱です。
最前線の手術に、内視鏡手術とかロボット手術とかがあります。それから放射線には、高精度照射とか重粒子線とかがあります。薬もまた新しい進歩があります。これも少しご紹介したいと思います。
手術というのは、がんの部分を切り取るということで、非常に分かりやすいです。理解しやすいですけど、やっぱり切られるということは痛いです。痛みを伴いますし、出血もします。できればしたくないなと、誰でも思います。ただ、他になかなかいい方法がないですし、麻酔の発達で痛みは感じませんし、出血もほとんどしなくなりましたので、嫌でしょうけど、やっぱりこれしかないということでやっています。
がんの手術は、見えているがんを取るだけでは不十分で、がん細胞の存在するところは全部取らなきゃいけません。今は、できるだけ負担や苦痛を少なくするような方向に行っています。大きく切らずにやる腹腔鏡手術や、できるだけ元通りにする再建手術をするようにしています。
先にレンズが付いた管を腹腔鏡と呼んでいます。その管を使ってする手術を腹腔鏡下手術といいます。
具体的には、お腹を大きく切るのではなくて、1.5~2㎝ぐらいの穴を4カ所開けて、そこから管を入れて、モニターを見ながら、手術をします。傷は目立たなくなりますし、術後の回復も早いです。
当初は外科医の技量が必要でしたが、慣れてくると、むしろこれのほうが手術しやすくなりました。拡大して見ることができますし、いろいろな画像の発達によって、やりやすいということが分かってきて、今はこの手術がかなり多いと思います。
これの進化系は、ロボット手術です。ロボットといいましても、人形ロボットじゃなくて、先には四つの手があり、こういう鉗子がついています。人間はこの椅子に座って、ここからのぞきながら、このレバーと足で操作しながらやるのが、ロボット手術です。
ロボットの手には関節があります。さっきの腹腔鏡には関節がありません。関節があることで、色々な方向に動かせますし、いくらでも回りますから、手術がやりやすいです。
また、人間だったら、物をずっと持っていたら疲れますけど、ロボットは疲れません。どんなうまい外科医でも、必ず手がちょっと震えるんですけど、ロボットの手は震えないので、全く手ぶれがないわけです。
こういうこともあって、慣れると、ロボット手術はすごく使いやすくて、やりやすいです。出血もほとんどないです。見た目はごついですが、非常にやりやすいということで、患者さんも結果的にはやはり早く退院でき、痛みも少ないということです。
それから再建手術の例としては、乳がんがあります。乳がんの手術は、昔はお乳を全部取っていました。お乳だけじゃなくて、その下の脂肪、筋肉も取っていましたので、あばら骨が浮いているような形になりました。そうしないと昔は再発していました。
そこからいろいろな工夫ができて、脂肪や筋肉を残せるようになりました。さらに進んで、お乳を残せるようになりました。
ただし、乳房温存手術でも、手術した方に凹みが出来たりします。左右がありますから、左右均等じゃないと、やっぱり具合が悪いということで、今は再建手術といいまして、お乳は取りますが、もう一度お乳をつくり直します。背中の筋肉を使ったり、おなかの脂肪を使ったり、人工物を使ったりして、元の形に戻します。
乳房以外にも、耳鼻科領域でも再建手術はよくされています。目に見える所はどうしても元の形に戻さないと、やっぱり患者さんが困りますので、そういう配慮ができるようになりました。
がんは患者さんの負担が少ないように、そして、治ってから今長く生きられますから、普段の生活に困らないようにということをやっています。
それから、お腹を切らずに、内視鏡でがんを取ることもできるようになりました。
表面だけのがんであれば、ここでこう切り取ったら大丈夫です。これは、例えば非常に初期のがんです。
ただいろいろ工夫をしても、できれば切らずに治したいということで、放射線治療があります。これはX線のエネルギーでがん細胞を殺すわけです。苦痛はありません。ただ正常組織に当たると、そこが傷んで副作用になりますので、できるだけがんだけに当てるということが大事なのです。これが難しかったのですが、今は可能になってきました。それから新しい放射線もできています。
昔は、一定の形で、放射線を取りあえず当てることしかできませんでした。全部同じ量しか当てられなかったのです。今は形を変えて、いろんな方向から、強弱を付けられるようになりました。ですので、目玉は外して、がんだけに当てるということができるようになって、非常に進歩しました。
普通の放射線治療はX線を使いますが、重粒子というのが今使われるようになりました。
X線は光ですが、重粒子は重い粒ということで、炭素を使います。これはエネルギーが強いので、がん細胞を殺す力が非常に高いです。
光は突き抜けますが、粒は止まりますので、がんの奥に何かがあっても、奥まで行きません。副作用が少ないということで、一度にしっかりと当てても大丈夫です。
普通のX線治療は、1カ月~1カ月半ぐらいかかります。ちょっとずつ当てないといけないからです。重粒子だと1回とか2回で治療できますので、非常に短期間で治療できます。私達のがんセンターの横にも重粒子線センターがあり、日本で今6カ所あります。都会の真ん中に造ったのは、大阪だけです。
一部のがんには重粒子も非常に有効ですので、これからは期待できると思います。
薬の進歩も非常に目覚ましいものがあります。ただ、薬だけでがんを根治することはまだ難しいです。したがって、手術や放射線と併用して治療成績を上げます。
昔は、がん細胞を殺す薬が多かったのですが、今はがん細胞に重要な分子・物質をブロックする薬とか、免疫の力でがん細胞をやっつけるようなものも出てきました。
薬は、がん細胞には効いてほしいですが、効いてほしくない細胞にも作用します。効いてほしくない細胞に作用すると、副作用になります。増殖の旺盛な細胞を殺すのが、もともとの抗がん剤でした。がん細胞は増殖が旺盛ですからそれでいいんですけど、増殖の旺盛な細胞は、例えば皮膚や髪の毛、爪、胃腸、血液の細胞も含まれます。したがって、薬の影響で、髪の毛が抜ける、吐き気がする、赤血球や白血球が減るという副作用がどうしてもでます。
分子標的薬や免疫治療薬も、別の種類の副作用があって、なかなか副作用のない薬というのは、やっぱり難しいです。それから多分最大の問題は、やってみないと効果が分からないというのが薬なのです。全員に効いたらいいのですが、ざっと考えて、やっぱり半分ぐらいしか効いていないと思います。いろんな副作用がありますから、効かない人にとっては、副作用だけ起こって、何にもいいことがありません。
今、ゲノム医療というような形で、効く患者さんを選別して、やる時代になってきつつあります。
薬で一番治療効果が出ているのは、白血病です。白血病は、白血球のがんです。白血病というのは、昔は非常に治療成績が悪かったです。
例えば、昔の慢性骨髄性白血病は、治療して7年たつと、23%しか生きておられませんでした。別の薬が開発されて、これが36%に上がりました。骨髄移植というのができてからは、飛躍的に上がって、80%ぐらいになりました。そして、イマチニブという分子標的薬ができて、これで今、93%ぐらいになっています。
ゲノム医療は、遺伝子検査のことです。
今までは、患者さんに薬を投与して、効果を示すのは半分くらいで、効くか効かないかは、やってみないと分からなかったです。それをなんとか遺伝子検査で、この遺伝子があるから有効である、この遺伝子があるから無効である、ということがだんだんと分かるようになってきました。
少し前は1回の検査で、1つの遺伝子しか分からなかったですが、今は多数の遺伝子を一度に検査できるようになりました。2種類の検査があって、1つは114個、もう1つは324個の遺伝子が分かります。この114個、324個の中に、大体大事なものが全部入っています。
今後これをうまく使えば、薬が選別できるようになってきます。今後どうなるか、また様子を見ていく必要があります。
今、主に医療の話をしてきましたが、さらにこれから、私たちは医療に加えて、患者さんのサポートとか、医療体制も考える時代になってくる話をさせていただきます。
医療も随分進歩しました。検査方法や、手術、放射線、薬、それぞれ進歩があって、治療成績が上がって、生活の質も痛みもなるべく取るように、出血しないようにと進歩してきました。
昔、がんは不治の病で、治ればいいというような考え方でした。ただ治療成績が上がってきたので、今は治すだけでいいというわけにはいきません。やはり普段の生活の質も向上しないといけませんし、元の普通の生活ができるように考えなくてはいけない時代になってきました。
本当に今、医療は随分変わったと思います。昔は治すことだけを全力でやっていたのが、今は治すだけでいいのかとされています。昔はほとんどの人が入院して治療しました。今でも、手術は入院してしますが、放射線や薬では基本的に入院しません。外来でやっています。ということは、皆さん仕事しながら治療していますので、仕事のことも考えないといけません。
がん患者さんは、がんが治りたいというのが、まずあります。何とかやっぱりがんが治りたい。できるだけ苦痛は少なくして、がんは治りたい。その後は、次やっぱり早く回復して、元通りの生活に戻りたい。これがやっぱり次に大事なわけですね。
ですので、私たち医療側としてはまず、がんを治す体制をしっかりやるとともに、がんになっても普通の生活をできるようにしないといけません。
苦痛を取る。悩みを解決する。知りたいことは全部お知らせする。できれば地元に戻って、誰でもどこでも質の高い医療をきちんと受けられる体制も必要になってきます。こういうことを考える時代になってまいりました。
がんはいろんな意味でつらい病気です。痛いとか、苦しいっていうこともあるし、がんになったら、皆さん精神的にものすごく落ち込まれます。がんの患者さんの自殺率はすごく高いです。
そういう体や心のさまざまなつらさを和らげることが必要で、これを緩和ケアといっています。がん医療をやっている病院では、緩和ケアの体制があります。うちでは、相談支援センターというのがあります。いろいろな困ったことを相談できます。主には看護師と社会福祉士が対応しています。
中でも今、就労支援に力を入れています。がんになったら、大体39%ぐらいの患者さんが仕事を失っています。それは自分から辞める場合もありますし、会社から肩たたきをされる場合もあります。職場の理解を十分得られたのは半分ぐらいしかありません。
なんとか辞めないで済むようにしないといけませんし、職場の理解を得ながら、治療を続けることが必要になってきました。がんになる人が増えてきましたので、理解も少しずつ進んでいますが、やはり理解が得られない場合も随分ございます。
大阪府の場合、がん診療拠点病院というのが67あります。これは国、あるいは大阪府が認可をしています。この67の病院で、がん患者さんの大体9割弱をカバーしています。
八尾がある中河内では、東大阪医療センターと八尾市立病院が、国指定の拠点病院です。それから若草第一病院と八尾徳洲会病院、石切生喜病院、柏原市民病院が大阪府の拠点病院です。ここでは三本柱の治療をします。それに加えて、苦痛を取ったり、相談に乗ったり、いろんなことをしっかりとやるような態勢を取っています。
一般的に多いがんは、この67の病院のどこに行っても、同じレベルの医療が受けられます。珍しいがんは、それぞれの専門の病院に行ってもらうというような形で、今各地域で、拠点病院がお互い連携しています。
がんというのは、たばこや食事などの不良な生活習慣によって、遺伝子に異常が起こって、それが蓄積して起こる病気です。がんにかかる確率はどんどん増えて、2人に1人の日本人はかかるという、ありふれた病気、誰でもなる病気になったわけです。
がんの診断治療は科学技術の進歩とともに、目覚ましい向上が見られており、6-7割の患者さんが治っていると推定されています。その中で、外科治療は長年の経験と機器の進歩によって、合理的で低侵襲な手術に変わるようになって、初期のがんや早期のがんは、確実に治るようになりました。
放射線治療は、技術の進歩で、がんだけに当てることが可能になって、治療効果の向上、それから有害事象の減少が見られます。
薬の治療は、分子標的薬や免疫治療薬の登場で、治療成績が随分向上してきました。
これからのがん医療は、医療の向上に加えて、がんによる苦痛を取って、がんになっても普段通りの生活が送れるような、さまざまなサポートにも力を入れる必要があります。
がんは今、本当に治る病気になってきました。いろいろな対応が、各医療機関でできることを知っておいていただいて、ぜひがんになっても恐れずに対応していただけたらと思います。どうもご清聴ありがとうございました。
【患者Iさん】
がんの早期発見で、どんな健康診断をやったらいいのでしょうか。
【松浦先生】
がんは種類によって違いますので、1つの検査で全部のがんが分かるという検査法はないです。胃だったらバリウム検診か胃カメラになりますし、大腸だったら検便をやって、内視鏡をします。今、一応5大がん、胃がんと、大腸がんと、肺がんと、乳がんと、子宮がんの5つは、こういう検診をしたら大丈夫というのは国が決めて、それは多分市町村、あるいは産業健診がやっていると思います。PETは全身を見るので、非常に有効ではあります。ただ値段が高いです。
【名古屋市立大学 准教授 加藤大香士先生】
がんができる部位はたくさんありますが、がんができやすいのは、人それぞれ多分特性が違うからだと思いますが、そういうのは予測できるようになったりするのでしょうか。病院にかかられる患者さんの、将来のがん予測に役立つ履歴とかは全部データとして取られているのですか。あと民族間の違いはありますか。
【松浦先生】
がんができやすいかの予測は難しいと思います。できやすい素地があるのか、やっぱりたばこを吸ったり、酒を飲んだりするのが悪いのかわかりません。たぶん両方だとは思いますが、たばこを吸っても、肺がんになるとは限りません。やはり遺伝子の異常は偶然性もあるのかなと思っています。
がんの予測に役立つデータの蓄積といった研究は、まだ私たちもやっていません。
民族間の違いは、すごくあります。ただ、それは生活習慣が違うからか、遺伝子的に違うからかはわかりません。同じがんでも、欧米と日本で、治りやすいがん、治りにくいがん、あるいは治療にレスポンスのいいがん、少ないがん、悪いがんなど、いろいろと違いがあります。ですので、世界でできたガイドラインを、日本に輸入するときは、必ず臨床試験をもう一度やり直しています。アメリカで効いた薬が、日本であんまり効きが良くないとか、そういうことがあります。
【関西医科大学 元教授 木原裕先生】
最近読んだ本に、がんになる年齢が、この10年でだんだんと遅くなってきていると書いてあったのですが、それはがんだけなのか、全部の病気なのか、どういうふうにお考えですか。
【松浦先生】
元気な高齢者が増えてきたのが、一つあると思います。
がん以外のことはわかりませんが、がんの場合は、いろいろな対策が取られるようになってきて、検診も着実に普及してきて、早期発見や予防も進んできたので、結果的に後ろのほうに行っているのかなと思います。